経済産業省は2026年9月14日、AIの開発・提供・利用の現場で起きている契約上の課題について、事業者からの事例募集を開始しました。締切は2026年10月30日(金)17時です。集まった事例は匿名化したうえで検討会で議論され、2018年公表の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の改訂に向けた検討に使われます。注目すべきは募集要項そのものです。経済産業省が想定する5つの事例類型と6つの論点は、AI導入を発注する側が契約書のどこを見るべきかを示した地図として、改訂を待たずに使えます。
経済産業省が「AI契約の現場課題」の事例募集を開始した
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課が2026年9月14日から10月30日17時まで、AIの開発・提供・利用の各現場で生じている契約上の法的論点と実務上の課題の事例を募集しています。提出は情報提供フォームからで、フォームでの回答が難しい場合はメールでの連絡も受け付けています。

募集の枠組みは経済産業省のニュースリリースと募集要項(PDF)で公表されています。要点は次の5つです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 募集期間 | 2026年9月14日(月)〜2026年10月30日(金)17時 |
| 所管 | 経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 |
| 提出方法 | 情報提供フォーム(回答が難しい場合はメール) |
| 情報の扱い | 経済産業省の担当者限りで管理。事前承諾なく社名等を第三者に共有・公表しない。検討会は非公開で、議事要旨でも個社が特定される記載はしない |
| 成果物 | 匿名化・一般化した仮想ユースケースを検討会で議論し、現場の課題と対応例をまとめた報告書を作成。あわせて「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の改訂に向けた検討を行う予定 |
背景にあるのは、現行ガイドラインと現場の乖離です。「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は2018年に公表され2019年に1.1版へ一部改訂されましたが、AIの利用・開発に関する契約チェックリストが記すとおり、識別系AIのAIモデル(学習済みモデル)が実用化段階に入った当時の市場環境を前提としています。生成AIやAIエージェントを前提とした契約実務は、そこには書かれていません。
なお、事例を提供した事業者には、内容確認のための事前ヒアリング(30分から1時間程度、オンラインまたは訪問)や個別の照会を依頼する場合があると募集要項に明記されています。募集要項は、この募集と検討会が施策の検討を目的とするものであり、個別事案への法的助言ではないことも断っています。
募集要項が示す5つの事例類型 ― 自社がどこに当たるかで論点が変わる
経済産業省は募集する事例を5つの類型で例示しています。AI導入の契約を結ぶ際、自社の案件がどの類型かによって、契約書で確認すべき箇所が変わります。
| 類型 | 想定される場面(募集要項の例示) | 発注側が主に向き合う相手 |
|---|---|---|
| ①汎用的AIサービス利用型 | 自社の業務データをプロンプトとして入力し分析結果を得る。提供側は不特定多数向けの定型約款を設計する | 利用規約・定型約款 |
| ②カスタマイズ型 | 上流事業者の汎用AIサービスを使いつつ、AI提供者が付加機能(非AIモデル)を新規開発して組み合わせる | 個別契約+上流サービスの規約 |
| ③新規開発型 | 自社製品の稼働データを提供し、AI開発者・AI提供者と提携して異常検知システムを開発する。基盤モデル開発を含む | 開発委託契約 |
| ④データ提供(①〜③を横断) | 学習用データの提供、RAGの検索対象データベースのライセンス | データ提供契約・ライセンス条項 |
| ⑤AIエージェント(発展的な事例) | 社内データや外部情報へのアクセス権限を付与し、AIエージェントに業務を自律実行させる | 権限設計・責任分界の取り決め |
この5類型は例示であり、経済産業省は「類型の整理にかかわらず広く事例を寄せてほしい」としています。とはいえ、自社の案件を①〜⑤のどれかに置いてみると、確認が甘くなりやすい箇所が見えます。たとえば①の汎用サービス利用は「規約に同意するだけ」で契約行為の意識が薄くなりがちですが、入力した業務データの扱いを決めているのはその規約です。⑤のAIエージェントについては、権限の与え方が事故の大きさを決めます(AIエージェントの権限管理|野良化を防ぐ3つの設計変数で詳述しています)。
想定される6つの論点を、発注側のチェック項目に読み替える
募集要項は、想定される論点を6つ挙げています。これは経済産業省が「現場で揉めている」と見ている場所の一覧です。以下は、その6論点を発注側の視点で契約書のどこを見るかに読み替えた整理です(読み替え部分は当社の解釈であり、募集要項に書かれているものではありません)。
| 募集要項の論点 | 例示されている内容 | 発注側が契約書・規約で確認する箇所 |
|---|---|---|
| ①データ(機密情報・学習データ)の取扱い | 外部と接続したサービスへの機密情報の入力とNDAとの関係 | 入力データがAI学習に使われるか、保存期間、再委託先、既存NDAとの整合 |
| ②成果物の品質・性能保証・権利帰属 | 品質保証の規定と品質が損なわれた場合の対応、RAGシステム等を含む納品物の取扱い、派生データ・AI生成物の権利帰属 | 検収基準、精度に関する保証の有無、生成物と派生データの権利がどちらに帰属するか |
| ③当事者間の責任分界 | 開発者・提供者・利用者の責任分担、免責条項や損害賠償額の上限、ハルシネーション・誤出力の責任、生成物による第三者の権利侵害の責任 | 損害賠償の上限額、免責の範囲、第三者権利侵害時の補償の有無 |
| ④AIエージェントの取扱い | AIエージェントによる意図しない取引の民法上の扱い、情報管理の在り方 | エージェントに与える権限の範囲、停止手段、実行ログの保存 |
| ⑤対価還元・データ提供の条件 | データ・コンテンツ提供に対する対価の設定と分配、利用実績の把握、出典表示や原典への誘導 | 自社データを提供する場合の対価、利用実績を確認できる仕組み |
| ⑥その他、契約に関する課題 | 利用規約の変更時の対応、社内のAIガバナンス・契約審査の体制、情報管理・AIセキュリティ | 規約変更の通知方法と拒否の可否、社内で誰がAI契約を審査するか |
特に③の「ハルシネーション・誤出力の責任」を、経済産業省が正面から論点として掲げた点は実務上の意味が大きいと考えます。生成AIの誤出力は仕様の範囲内として免責されることが多く、発注側は「誤りが業務に流れたとき誰が負うのか」を契約段階で決めておく必要があります。
改訂を待たずに使える「契約チェックリスト」(2025年2月公表)
ガイドラインの改訂には時間がかかりますが、点検の道具はすでにあります。経済産業省は2025年2月に「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(全44ページ)を公表しており、AI利活用の実務になじみのない事業者を含めて使える形式で整理されています。

チェックリストは、契約で扱う対象をインプット(ユーザがベンダに渡す情報)とアウトプット(ユーザが受け取る成果物)に分け、それぞれについて「特定(定義)」「提供」「使用・利用」「外部提供」「権利帰属」「処理成果」の観点でチェックポイントを並べる構造です。想定読者は社内法務部・顧問弁護士に加えて、ビジネス部門の担当者も含まれています。
重要なのは、チェックリストが自ら扱う範囲を限定している点です。チェックリストは「データの適切な利用とリスク分配の観点から特に留意すべき条項を主に取り上げている」としたうえで、取り上げていないが十分に検討することが望ましい条項として、次を名指ししています。
- AI関連サービス等に関する保証・補償条項
- 責任限定条項
- 解除条項
- 準拠法・紛争解決条項
つまり、チェックリストを一通り埋めても、損害賠償の上限と解除条件は自分で見る必要があります。ここは今回の募集で言えば論点③(責任分界)に当たる部分で、改訂の焦点になる可能性があります。
責任の所在については、2026年4月に公表されたAI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕が、不法行為法と製造物責任法の観点から解釈適用上の論点を整理しています。契約で決めきれない部分がどう扱われるかを知るうえで、あわせて参照する価値があります。
経営・DX担当者への示唆 ― 事例を出す側に回るかの判断
事例提供は義務ではありません。判断材料は「情報の扱い」と「負荷」の2点です。
募集要項によれば、提供情報は経済産業省の担当者限りで管理され、事前の承諾なく社名など特定につながる情報が検討会の構成員や第三者に共有・公表されることはありません。検討会は非公開で開催され、事後に公表される議事要旨でも個社が特定される記載はされないとされています。一方で負荷としては、30分から1時間程度の事前ヒアリングを依頼される場合があります。
提供を検討する価値が高いのは、次のような企業です。
- ベンダの利用規約に納得できないまま導入を進めた経験があり、どこが一般的でないのか判断できなかった
- 自社データを学習に使わせるかどうかで社内の合意が取れず、導入が止まった
- AIエージェントに業務を任せたいが、誤実行時の責任分担を契約でどう書けばよいか前例がない
逆に、まだAI導入自体が検討段階で具体的な契約交渉の経験がない場合は、無理に事例を出すより、先にチェックリストで自社の既存契約を点検するほうが実益があります。AI導入の進め方全体は「AI導入支援|中小企業の進め方と支援会社の選び方」、発注前に確認する具体的な基準は「AI導入支援会社の選び方|発注前に確認する7つの基準」で解説しています。
具体的な活用シーン
自社の案件がどの類型かで、着手する順番が変わります。3つの場面で整理します。
汎用AIサービスを部署単位で使っている場合(類型①):まず利用規約のうち、入力データの学習利用・保存期間・再委託の3点を抜き出します。既存のNDAで「第三者提供の禁止」を約束している取引先の情報が、AIサービスへの入力という形で外部に出ていないかを突き合わせます。
自社データを渡して共同開発する場合(類型③④):提供するデータの定義と、そのデータから生まれた派生データ・AI生成物の権利帰属を契約書で確認します。チェックリストのインプット側(定義・提供・使用利用・外部提供・権利帰属)が、そのまま確認項目になります。
AIエージェントに業務を実行させる場合(類型⑤):権限の範囲と停止手段、実行ログの保存期間を契約と設計の両面で決めます。エージェント特有の確認点は「AIエージェント導入支援の選び方|通常のAI導入と違う5つの確認点」にまとめています。
よくある質問
- 経済産業省のAI契約事例募集は誰でも応募できますか。
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募集要項は応募者を限定していません。AIの開発・提供・利用の現場で契約上の課題に直面している事業者が対象で、締切は2026年10月30日(金)17時です。
- 事例を提供すると自社名が公表されますか。
-
公表されません。募集要項は、事前の承諾なく社名など特定につながる情報を第三者に共有・公表しないと明記しています。検討会も非公開で、議事要旨でも個社は特定されません。
- AI・データの利用に関する契約ガイドラインの改訂はいつですか。
-
2026年9月18日時点で改訂時期は公表されていません。募集要項は、報告書の取りまとめとあわせて改訂に向けた検討を行う予定と記すにとどめています。
- 今あるAI導入の契約書は作り直しが必要ですか。
-
一律の作り直しは不要です。まず2025年2月公表の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」で、入力データの学習利用・成果物の権利帰属・責任分界の3点を点検するのが現実的です。
まとめ
経済産業省が2026年9月14日に始めた事例募集は、2026年10月30日17時が締切です。ただし発注側にとっての価値は、応募そのものよりも募集要項が示した5類型・6論点にあります。これは「AI契約で現場が揉めている場所」の公的な一覧であり、自社の契約点検の順番を決める材料になります。
次に取るべきアクションは3つです。第一に、現在使っているAIサービスの利用規約と、進行中の開発委託契約を棚卸しします。第二に、6論点のうち①データの取扱い・②成果物の権利帰属・③責任分界の3つから点検します。第三に、交渉で行き詰まった経験がある企業は、10月30日までに事例提供を検討します。
AI導入では、技術検証よりも契約の確認で止まる案件が少なくありません。自社の契約書のどこを確認すべきか整理したい方は、AI導入相談フォームからお気軽にご相談ください。
出典・参考資料
- 経済産業省: AIの開発・提供・利用の現場における課題に関する事例を募集します ()
- 経済産業省: 【募集要項】AIの開発・提供・利用の現場における課題に関する事例の募集について ()
- 経済産業省: AIの利用・開発に関する契約チェックリスト ()
- 経済産業省: AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕 ()
- 経済産業省: リアルデータの共有・利活用
- グッドウェイ: 【経済産業省】AIの開発・提供・利用の現場における課題に関する事例を募集します ()



